■OBのDS生活回顧録■ ~2014卒シキマチくん⑤~

⑤最後の追い込み~受験本番

 

 センター試験が終わり、一段落しましたが、ほっとするのも束の間で一か月後には一般入試が控えていました。

センター試験は自分が想像していたよりも振るわない結果となりましたが、今までの模試から実力自体は付いているのは事実でした。

ここから一般入試に向け怒涛の追い上げをしてやろうと、自分自身躍起になっていました。

 

 センター本番二か月前くらいから、古文の授業を行っていました。

内容としては古文の活用形や単語の暗記、実際に問題を解いてみるなど一般的なものでした。古文の問題は、文法と読解と歴史の問題の三つに分かれていて、先生曰く文法は絶対得点し、読解はそこそこ出来れば合格点ということだったので、毎回しっかりと文法と単語は覚えていました。

英語と同じように毎回古文単語のテストがあり、古文は、一応は日本語なので覚えやすく、そんなに苦労はしていなかった覚えがあります。古文は実際に授業を受けた後、即座に得点できるようになりました。

 

 また同じく、漢文の補講授業も行われました。こちらは任意の参加で、授業後に開講しており、早稲田では漢文が出題されるので受講していました。

漢文も古文と同じ傾向で、より文法に比重が置かれているといった印象でした。古文に比べ漢文は単語の暗記がないため、文法さえ覚えたならば、すぐに問題が解けるようになりました。

 

 センター後からは、ひたすら志望校の過去問を解いていました。

塾内にある過去問や、自ら購入した赤本を解き、その大学の学部の問題傾向や時間配分等を覚えました。その後、不正解だった部分に該当するものを、問題集で復習するといった形態をとっていました。

センター試験とは違って、大学の入試問題は比較的時間に余裕が持てました。というのも、やはりセンター試験のような大量の英文を時間内に読み終えるように、読み込みをしていたからだと考えます。この頃解いていたMARCHレベルの過去問は全科目安定して合格点が取れていました。

しかし、特殊な問題形式からか早稲田の問題、特に英語は中々安定して高得点を取れませんでした。なので、MARCHと早稲田の試験日は離れているので、その間に早稲田の問題をひたすら解き(8年分程度)、結果、人科と教育は安定して合格点を取れるようになっていました。

 

 そして受験本番。

センター試験で緊張に慣れたのか、どの日程もあまり緊張することはありませんでした。ひたすら過去問を解いたため、中央と明治の出願した学部すべて手ごたえを感じました。

そしてその結果は、すべて合格しており、手ごたえが確信になりました。正直、自分でも驚くべき結果に気が緩んでしまい、早稲田の過去問を解いていながらも、今後の試験はエキシビションマッチといった感覚でした。

そして早稲田本番。今でも覚えています。早稲田の16号館で人間科学部と社会科学部と教育学部、11号館で商学部を受けました。日程は人科、商、教育、社学の順番だったと思います。人科と商は手ごたえを感じ、教育はそこそこに、社学は自信があまりありませんでした。

 

 入学試験も終わり、明治に進学する予定だったので高校の友人と遊ぶ予定を立て、そこに向かう電車の中でした。母親から急に電話が入り、取ってみたところ人科に合格していたということでした。自分自身まさか早稲田に受かるとは思っていませんでしたし、両親も合格に驚いたそうです。母親の上ずった声はいまだに覚えています。その後他の3学部は落ちてしまいましたが、そんなことよりも早稲田大学に合格できたことでいっぱいでした。

 

 このダイエットスタディに入塾し、こういう言葉はあまり好ましくないかもしれませんが、人生が変わりました。

日東駒専も受からなかった自分が、私大トップの早稲田に合格し、かけがえのない大学生活を過ごせたのはこの塾と、両親の支援、そして自らの努力があったからこそ成されたことです。また当時塾長で現在は町田校校長をされている村山先生、当時は1年目の講師で現在はダイエットスタディ代表の小路永先生とは今でも交流があります。そして、一年間切磋琢磨したクラスメイトは年に数回飲み会をしたり、同じく早稲田に合格した人とは親しき友人になったりと、かけがえのない存在です。